Column 矯正治療の豆知識

妊娠中にマウスピース矯正を始める判断基準と産後を見据えた治療計画

妊娠中にマウスピース矯正を始める判断基準と産後を見据えた治療計画

妊娠中の矯正開始は体調とお口の状態から判断します


妊娠中にマウスピース矯正を始めるかは、妊娠週数だけでなく、つわりの程度や歯みがきのしやすさ、歯ぐきの様子から合わせて決めます。出産前に歯並びを整えたいと思う一方で、お腹の赤ちゃんへの影響や体調の変化が気になり、今始めてよいか迷う方も多いでしょう。この記事では、始めてもよい条件や見送る目安、お口の中のスキャンとレントゲンの役割のちがいをまとめました。妊娠中に始める場合と産後に始める場合の通院の立て方や、歯科医師・産科医へ相談するときに伝えたいことも解説します。


この記事の要点まとめ


  • 始める時期は週数だけでなく、つわりや歯みがき、歯ぐきの様子、必要な処置をふまえて相談します。
  • マウスピースをつける時間や、お口のスキャン・レントゲンなどの検査をいつ行うかは、体調に合わせて歯科医師と決めます。
  • 出産前後の通い方、装置を続けるか休むか、追加の費用を確かめ、産後も見すえた計画を立てます。

妊娠中にマウスピース矯正を始めるか決めるための判断基準


妊娠中に矯正を始めるかどうかは、「安定期ならだいじょうぶ」と一律に決められるものではありません。マウスピースは1日20〜22時間以上つける必要があります1。そのため、つける時間と毎食後の歯みがきを無理なく続けられる体調か、始める前に治しておくむし歯などがないかで考えます。


週数より先に確かめたい、つわり・食事回数・歯磨きのしやすさ


開始時期を考えるうえでまず確認したいのは、つわりによる吐き気の有無と1日の食事回数、そして奥歯まで歯ブラシを入れられるかどうかです。妊娠初期から中期にかけての体調には個人差があり、安定期に入っても胃の圧迫感などから少量を何回にも分けて食べる生活が続く方もいます。


マウスピース矯正は、1日20〜22時間以上つけ続けないと、思いどおりに歯が動きません1。吐き気で歯をみがけない日や、間食が多くて装置を外す時間が増える日が続くと、つける時間を守ることと清潔に保つことを両立しにくくなります。


歯ぐきの出血や腫れ、むし歯がある場合は口腔ケアを優先


歯ぐきから血が出る、あるいは赤く腫れている場合は、矯正を始める前に歯周病やむし歯のケアを優先しましょう。妊娠中は女性ホルモンが急に増えるため、歯周病の原因になる菌が増えやすくなります。さらに唾液がねばついてお口の汚れが流れにくくなるので、歯ぐきが腫れたり出血したりする「妊娠性歯肉炎」が起こりやすい時期です。


矯正装置をつけている間は、毎日の歯みがきなどの清掃状態が歯ぐきの健康を左右します。お口の環境が整っていないまま装置をつけると炎症が進みやすいため、まずは歯科医院でのクリーニングやむし歯治療を済ませておくことが求められます。


抜歯や歯の側面を削る処置が計画に含まれるかで判断が変わる


治療計画の中に、抜歯や歯の側面をわずかに削る処置(IPR)が含まれるかどうかも、開始時期を左右するポイントです。歯の側面を削る処置では、直後に一時的に歯がしみやすくなり、その後は時間とともに少しずつ落ち着いていきます2。


また、抜歯では局所麻酔を使い、処置後に痛み止めや、場合によって抗菌薬が処方されることがあります。歯科の局所麻酔はお口の中だけで作用しますが、お薬の服用や処置による体の負担を考えると、妊娠経過との兼ね合いで時期を慎重に検討する必要があります。こうした処置を産後に回せる計画かどうかも、事前に確かめておきたい点です。


開始を検討できる状況・見送りを考える状況の目安


これまでの基準を踏まえると、つわりが落ち着いて毎食後の歯磨きが続けられ、歯ぐきの炎症がなく、抜歯などの処置を伴わない(または産後に回せる)計画であれば、妊娠中の開始を検討する余地があります。一方で、吐き気で装置を入れられない日が多い場合や、歯ぐきの出血が続く場合、産科医から安静や経過観察を指示されている場合は、産後まで開始を見送る選択肢が考えられます。


なお、妊娠前からすでに矯正を始めている方は、体調に合わせて通院間隔を調整したり、一時的に現状を維持する装置へ切り替えたりして継続する方法もあります。ご自身の状況でいつ始めるのがよいか、まずは歯科医師と産科医の両方に相談して決めていきましょう。


ポイント

妊娠週数の目安だけでなく、毎日の装着時間と歯磨きを維持できる体調か、歯ぐきの炎症や抜歯などの処置がないかを確かめて開始時期を判断しましょう。


つわり中の装置管理と検査の違い――妊娠中に始める場合の負担を知る

つわり中の装置管理と検査の違い――妊娠中に始める場合の負担を知る

妊娠中にマウスピース矯正を始めるときは、お口の中の感じ方が変わることや、間食のとり方、検査の進め方を前もって知っておくことが大切です。つわりの吐き気や何度も食べることは、1日20〜22時間以上つけることのさまたげになりやすく、レントゲンなどをいつ撮るかも計画のかぎになります。


つわり中にマウスピースで気持ち悪くなりやすい理由


つわりの時期にマウスピースをつけると気持ち悪くなりやすいのは、お口の中に異物がある感覚や、装置の縁が舌や上あごの粘膜に触れる刺激が吐き気を誘発するためです。また、妊娠中は唾液の分泌量や性質が変化し、においや味に敏感になることで、装置を洗う際や着脱の動作そのものが負担になることもあります。


気持ち悪さから装置を外している時間が長くなると、目標とする1日20〜22時間以上の装着時間を保てなくなります1。結果として、計画どおりに歯が動かず、装置の作り直しや期間の延長につながる可能性がある点に注意しましょう。


間食のたびに外して歯磨き?少量ずつ食べる時期の付き合い方


空腹による吐き気を和らげるために少量ずつ何度も食べる時期は、飲食のたびに装置を外し、お口をゆすいでから戻す手間がかかります。マウスピースをつけたまま糖分を含む飲み物や食べ物を口にすると、装置と歯の間に汚れが密閉され、むし歯や歯ぐきの炎症が一気に進みやすくなるためです。


間食の回数が多いと、着脱の繰り返しで装着時間が削られがちになります1。食べる時間をある程度まとめたり、歯みがきがつらいときは水や洗口液でうがいをしたりする方法があります。体調のよい時間に小さなヘッドの歯ブラシでていねいにみがくなど、歯科医師や歯科衛生士と相談しながら無理のない付き合い方を探しましょう。


口腔内スキャンとレントゲン・CT検査は役割が違う


「光学スキャナーで型取りができるなら、レントゲン撮影はしなくてよい」と思われがちですが、これら2つの検査は役割が異なります。口腔内スキャナー(iTeroなど)は、お口の中に小型カメラを入れて歯や歯ぐきの表面の形を光で読み取る機器であり、放射線は使いません。粘土のような材料をお口に入れる従来の型取りと比べ、嘔吐反射(えづく感覚)が起きにくいのが特徴です。


一方、レントゲンや歯科用CTは、歯の根の長さや傾き、歯を支える顎の骨の厚み、親知らずの位置など、表面からは見えない内部の状態を確認するために行います。歯科のレントゲンは撮る範囲がお口のまわりに限られ、浴びる放射線の量もごくわずかなため、お腹の赤ちゃんへの影響はとても低いとされています。そのうえで防護エプロンをつけて撮影しますが、治療開始前にどこまでの検査が必要かは歯科医師に確認しておきましょう。


相談だけ先に受け、画像検査を産後に回す進め方


妊娠中のレントゲンが気になる方や、つわりが落ち着くか様子を見たい方には、一般的には、相談とスキャンだけを先に行い、レントゲンなどの詳しい検査は産後に回す進め方がとられることもあります。その場合、初回の相談でお口の中を見たり写真をとったりし、スキャンをもとにした仕上がりのイメージ画像を見ながら、おおまかな治療の方向や期間、歯ぐきの様子を確かめます。


先に言葉で説明し、実際の画面でお口の状態を見て確認してもらうことで、見通しを立てやすくなります。相談を受けたからといって、すぐに治療を契約しなければならないわけではありません。まずは現状を知り、開始時期を産後にするかどうかも含めて検討するとよいでしょう。


ポイント

口腔内スキャンは表面の形、レントゲンやCTは骨や歯の根を確認する検査です。一般的には、妊娠中は相談とスキャンだけを先に行い、画像検査を産後に回す進め方がとられることもあります。


妊娠中に始める・産後に始める、それぞれの違いと出産前後の通院計画

妊娠中に始める・産後に始める、それぞれの違いと出産前後の通院計画

妊娠中に始める場合と産後に始める場合では、通院のペースや装置管理の負担、費用の確認ポイントが変わってきます。出産予定日から逆算して無理のない通院計画を立て、通院が途切れる時期の対応や中断時の費用について事前に把握しておくことが欠かせません。


表で整理:妊娠中に始める場合と産後に始める場合の違い


始める時期によるちがいを下の表にまとめました。なお、マウスピース矯正は健康保険が使えない自費の治療です。一般的な費用の目安は全体の矯正で約70万〜100万円程度、部分的な矯正で約20万〜50万円程度です(記載した金額は一般的な目安で、当院の費用ではありません。実際の費用は医療機関によって異なるため、当院の費用は診察のうえでご案内します)。


項目妊娠中に始める場合産後に始める場合
開始時期の目安つわりが落ち着いた安定期(妊娠中期)以降産後の体調が回復し、授乳や育児のペースが掴めてから
体調面の負担つわりのぶり返しや、お腹の張り・仰向け姿勢への配慮が必要睡眠不足や育児の疲労の中で、自己管理を続ける工夫が必要
装置管理のしやすさ間食や吐き気があると、1日20〜22時間の装着維持が難しい場合がある1ご自身の食事リズムに戻りやすく、装着時間を一定に保ちやすい
検査・処置の時期防護エプロン着用での撮影、または抜歯等の処置を避ける計画を検討妊娠中より選べる検査や処置が広がる(授乳中は薬の種類を相談)
通院の調整出産前後の数か月間、通院が途切れる前提でのスケジュール調整が必要赤ちゃんの預け先や、子連れで通える歯科医院の環境確認が必要
費用面の確認事項出産で一時中断・計画変更となった場合の追加マウスピース費用の有無育休中の家計や医療費控除の対象可否を踏まえた支払い計画

産休に入る前の時間を活用したい方で、つわりがなく歯ぐきの状態も良好であれば妊娠中の開始が候補になります。一方、吐き気や出血がある場合や、抜歯を伴うしっかりとした移動が必要な場合は、産後に落ち着いてから始める方が進めやすいでしょう。


出産予定日から逆算する通院間隔と、産後も通い続けるための工夫


妊娠中に治療を始める(または継続する)場合、里帰りや出産前後の数か月間は通院が難しくなる前提で計画を立てます。事前に出産予定日を歯科医師へ伝え、一度に受け取るマウスピースの枚数を増やして通院間隔を空けるなどの調整を相談しておきましょう。


また、お腹が大きくなる妊娠後期は、診療台で仰向けになると気分が悪くなることがあります。背もたれを少し起こした楽な姿勢や、短い時間で診察を受けられるよう相談しておきましょう。


産後も継続して通うには、自宅や職場からの移動負担と、お子さん連れで受診できる環境かどうかも関わってきます。愛知県岡崎市にある当院は、名鉄「男川駅」から徒歩6分、名鉄「東岡崎駅」からタクシーで約3分の場所にあり、第1〜第3駐車場と共同の第4駐車場を利用できます(診療時間はアクセスページでご確認ください)。院内はベビーカーのまま移動できるバリアフリー設計で、キッズルームや保育士による託児にも対応しているため、産後の通院を見据えた環境としてご確認いただけます。


通院できない時期の装着継続・交換延期・一時中断の判断と受診の目安


出産前後で予定どおりに通院できない時期が生じた場合は、自己判断で装着をやめず、歯科医院と相談して次のいずれかの方法をとります。


1つ目は「同じマウスピースの装着を続ける」方法で、新しい段階へは進まず、今つけている装置をそのまま保定用として使い続けます。2つ目は「交換ペースを遅らせる」方法、3つ目は一時中断として後戻り防止用の装置(リテーナー)に切り替えて歯並びを保ち、産後に再開する方法です。


なお、矯正治療には、歯が動くときの痛みや違和感、歯の根が短くなること、歯ぐきが下がること、歯みがきがしにくくなることでむし歯や歯周病になりやすいことなどのリスクがあります。治療中に歯ぐきの強い腫れや出血が続く場合、我慢できない痛みがある場合、マウスピースが浮いて入らない場合は、予定日を待たずに歯科医院へ連絡してください。


初回相談で歯科医師・産科医に伝えておきたい情報


いつ始めるか迷っているときに初めての相談を受けるなら、次のことをまとめて歯科医師と産科医に伝えると、ご自身に合った計画を立てやすくなります。


  • 歯科医師へ伝えること:現在の妊娠週数と出産予定日、つわりや歯ぐきの出血の有無、服用中の薬やサプリメント、里帰り出産の予定、産後に家族のサポート(夫の勤務都合や実家の支援など)が得られる曜日・時間帯
  • 産科医へ確認すること:歯科で矯正相談やクリーニングを受ける予定があること、今の妊娠の経過でレントゲン撮影や局所麻酔を使う処置を受けてよい時期か、気をつけることはあるか

当院では完全担当医制をとっており、同じ歯科医師が一貫して治療計画の説明から経過の確認まで担当いたします。そのため、受診のたびに妊娠経過やご家族の状況を最初から話し直す負担がありません。また、矯正歯科や口腔外科など各分野を担当する歯科医師が連携し、マタニティ期のむし歯・歯周病予防から矯正相談まで対応しております。相談したからといって無理に治療を始める必要はありませんので、母子手帳と健康保険証をお持ちのうえ、まずはご自身の開始時期を一緒に整理するところからご相談ください。


よくある質問


Q. 妊娠9ヶ月(妊娠後期)ですが、矯正の相談や歯科検診に行けますか?


A. 妊娠後期でも、お口のチェックや矯正のカウンセリングなど、お体に負担の少ない範囲で受診していただけます。ただし、妊娠28週以降はお腹が大きくなり、診療台で水平に仰向けになると血管が圧迫されて血圧が下がりやすくなるため、通常の治療は応急処置や短時間のケアに留めるのが一般的です。受診時は背もたれを起こした楽な姿勢で進めますので、予約時に妊娠週数をお伝えいただき、当日は母子手帳をお持ちください。


Q. マウスピース矯正を始めると「痩せる」と聞いたのですが、妊娠中の栄養面で影響はありませんか?


A. マウスピース矯正で体重が減ると言われることがあるのは、1日20〜22時間以上の装着を守るために間食を控えたり、着脱と歯磨きの手間から食事の回数を減らしたりする方がいるためです。装置そのものに体重を減らす作用があるわけではありません。妊娠中は母体とお腹の赤ちゃんのために適切な栄養と水分補給が必要ですので、無理に食事を制限するのではなく、食べた後のお口のケア方法を工夫しながら栄養をしっかり摂ることが大切です。


Q. 妊娠中や出産で治療を一時中断した場合、追加の費用はかかりますか?


A. 中断期間中に歯が元の位置へ戻ろうとする「後戻り」が起き、最初に作製したマウスピースが合わなくなった場合は、お口の再スキャンと追加のマウスピース作製が必要になります。その際の再作製費用や調整料が最初の契約料金に含まれているか、あるいは別途かかるかは、医療機関や選択したプランによって異なります。出産を挟む可能性がある場合は、契約前に「中断・再開時の費用規定」と「装置の保証範囲」を必ず確認しておきましょう。


Q. 出産後、授乳中にレントゲン撮影や抜歯の麻酔を受けても母乳に影響はありませんか?


A. 授乳中でも歯科のレントゲンや局所麻酔を使う処置は受けられますが、麻酔を使うときに授乳を続けるか、いったん止めるかは、処置の前に歯科医師と相談して決めます。歯科のレントゲンは撮る範囲がお口のまわりに限られ、局所麻酔も注射した場所で効くお薬です。ただし、お薬の代謝や体調には個人差があり、抜歯には出血や腫れ、感染などのリスクや、処置後数日〜1週間程度の経過観察が必要な期間を伴います。一般的には、授乳中であることを伝えると、痛み止めや抗菌薬の種類に配慮してもらえますので、処置の前に伝えておきましょう。


参考文献


1. 矯正歯科治療について | PDI浦安歯科診療所. https://www.meikai.ac.jp/pdiurayasu/orthodontic/

2. d'Apuzzo F, Ferraioli M, Femiano F et al. Effect of diode laser versus sodium fluoride on dentin hypersensitivity after interproximal enamel reduction during clear aligner treatment: A randomized controlled clinical trial. Journal of the World federation of orthodontists. 2026. PMID: 42209320 / DOI: 10.1016/j.ejwf.2026.04.003


荻野 一樹

歯科医師


東岡崎ジョイ歯科

理事長

荻野 一樹

▶ 監修者プロフィール

経歴
愛知県豊田市出身
愛知県立豊田西高校 卒業
国立鹿児島大学歯学部歯学科 卒業
医療法人小室会 小室歯科ステーション診療所 勤務
東岡崎ジョイ歯科開院
医療法人JOY 設立
株式会社ジョイ SONA DENTAL LABORATORY 設立
実習受け入れ実績:名古屋医療秘書福祉&IT専門学校(歯科助手実習)
資格・所属学会
エンジェルキッズ竜美丘園 園医
社団法人日本健康寿命を伸ばす会 代表理事
オステムインプラント公認アドバイザー
大阪口腔インプラント研究会25期生
大森塾8期生
臨床歯科麻酔管理指導医
日本有病者歯科医療学会